「コモンズの輪」による復興まちづくり計画の提案
「コモンズの輪」による復興まちづくり計画の提案
― 土地に関わる価値概念の変革とまちづくり ―
株式会社コモン不動産研究所 栗原 茂明
本論文では「コモンズ」を、自治体を中核とした「共」的管理による地域空間の創造と利用関係と定義し、土地所有権が重視される我が国において、コモンズ的システムを活用することが今回の被災地の復興まちづくり計画を検討する上で効果的仕組みであると考える。本提案である「コモンズの輪」は、土地に関わる価値概念の変革と新たな機能に加え、日本における普遍的な土地問題の解決と公的部門と民的部門の協働に基づく新たなまちづくりの創造に資すると考える。
1 はじめに
東日本の広範な地域に発生した大震災発生から6か月が経過し、被災地は復興まちづくり計画の策定が求められている。「政府や地方自治体、市民も、時間的、経済・財政的負担を少なくし、官民協働というテーマをもって、いかにしたら安全・安心でサスティナブルなまちづくりが達成することができるか」について、本論文では土地に係る従来の課題を踏まえ「コモンズの輪」というまちづくりシステムの概案を提示する。「コモンズの輪」は、土地所有権の弊害を抑え、土地利用権を重視した協働(コモンズ)型まちづくりであり、土地に関わる価値概念の変革によってサスティナブルで可変性、拡張性のあるまちづくりシステムと位置付けている。
現在被災地における市街地は復興計画が検討されているが、その計画策定と実施にあたっては様々な課題も浮き彫りになっている。例えば、海岸線に近い地区と髙台等との移転(交換)に関し、その土地を買い上げるための公的負担に対する財源問題、行方不明者等による土地所有権の帰属問題、津波による敷地境界の喪失や未確定などである。また、地域住民の様々なまちづくり問題に対する合意形成などに関し「コモンズの輪」は、その解決や困難性に資する有効な手段である。また事業の発展性と拡張性があり、土地利用転換後の維持・改善・改定も土地が介在した協働型の組織によって継続されることが可能となる。すなわち、契約に基づく任意組織を利用した創造的で、可変性、柔軟性、拡張性等を持つまちづくりシステムである。
2 「コモンズの輪」の基本理論
(1)用語の定義等
「従前地」X : 被災前の登記簿登記された土地(赤道、青地等を含む)
「 権利(価値)評価図 」Y : Xの権利(価値)を短冊状に変換した評価図。契約による任意組合の合意が必要。
「換地」X‘ : 任意組合が合意・決定したXの権利者が移動する、新しい区画、形状の土地。
「任意組合」任意組合 : 従前地X、換地X’の土地所有者がまちづくりを推進するために組織した、地方自治体(県、市町村)が中核となり対象となる土地等を出資した契約によって形成された組織。
「エリア」エリア : コモンズの輪を実施する地区(または地域)を言う。地方自治体の重要な公共施設の整備や商業・業務の形成にとって必要であり、当該地方にとって重要性が高いと認識し、事業実施することを選定する一定の土地。また、エリアは、道路、公園、河川等の公共施設が外周を囲む区域とする。
注 :「任意組合」とは、各当事者が出資して、共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる契約である。民法上の組合と言う。根拠法は、民法667条から688条。法人格はない。
(2)土地評価不変の原則
(3)土地遺伝子の変化
☆ガイア(地球) ー ギリシャ神話の世界では、大地の女神(誓言の上とも言われる)
地球に秘められた「美しい物語」 ー 再生可能な土地システム(コモンズの輪)ー
ガイアから生まれた地球の大地である「土地」は、コモンズの輪(Heart・任意組織)を通して
協働の成果を達成することができる。
Heartの任意組合(コモンズの輪)の特徴
任意組合は構成員の契約に基づく概念であるので、構成要素は都市が原則であるが、
出資する対象は、貨幣、技術、NPOのシステムなど有形無形を問わない。
任意組合が独自に定める規定等で、地域の実情に即した幅広い出資の対象が認められる。
↓
土地を介して、人、資金、ノウハウ、組織等が循環し、成長する、無限の発展性と可能性を有する。
また、組合員が日々対象エリアのまちづくりに関わり、厚い信頼感を持って暮らすことによって
価値創造によるまちづくりの人間性の再生を促す機能を発揮する。
(4)Heart & Hard システム
《 可変性・無限・循環 》
土地が、コモンズの輪の任意組合である「Heart」を介し、いつでも、何度でも
新しい街「Hard」に埋まり変われることが可能である。
コモンズの輪では、常にまちづくり広場(コモンズ、任意組織)でまちづくりが語られる。
~ 時、必要性によって ~
「Hard(X)に想いをくわえってHeart(Y)になり、Heartに笑顔を加えるとHard(X’)になる」
~ 将来、必要性によって ~
「友情が深まるとHard(X')がHeart(Y)に戻り、Heartに笑顔を加えるとHard(XX)になる」
《 コモンズの輪・みんなの輪 》
コモンズの輪は、二人以上の権利者が互いを尊重し、手をつなぎ続けないと止まってしまうし、
契約は解除される。従って、二人が手をつなぐ形(利他)が「輪」になる
ひとりでは成立せず、手中の利益(利己)は求めない
二人以上なら何人でも成立するので、輪となって参加者は永遠に拡大が可能である
輪の中では、友情が芽生え、やがてその友情が繋がることによって、輪は地球をつなげる
本システムは普遍性を有することから、日本発進の「和」が、やがて世界の「和」となり、
平和な世界を実現出来るかもしれない
土地を介して、人々に幸(富)を生み、地球全体が手をつなぐ市民になる。
これこそが、本来求める「コモンズの輪」の目標である
(5)システムの持つ価値展開性と創造機能
3 システムの事例研究
(1)前提・概要
被災地における旧市街地等である従前地Xは、復興計画が検討されている。その計画策定と実施にあたっては、旧市街地(津波の被害地)に対する国庫の買い上げ費用等の財政負担や合意形成の困難性などが議論されている。その際、「コモンズの輪」システムを活用することで、当該エリアは計画策定と実施計画が同時に担保され、その後(長期・将来)の維持・改善・全面改定も容易になる。本システムは、関係地権者の契約に基づく任意組織が実施計画するシステムであり、中核のリーダーは当然地方自治体である ( 国、都道府県も適格者 )。
今回津波によって被災した地域は、後背地に高低差を有する海岸線に隣接する狭く複雑な地形であり、市街地または街の拠点の高台への移動も検討されている。2箇所の異なった区域において、土地総価格を同一にし、等価交換の考え方で2箇所の土地の交換によって新市街地の形成を可能にしようとするシステムである。また、従前地Xに隣接する海岸によって営まれている漁業の漁業権は、金銭的価値を有している。この価値もまた任意組合への出資対象として認定される。
(2)事例研究
【 サンプルⅠ 】
(設定)
海岸沿いの被災地である旧市街地―(「街区A」という。)と移転対象となる高台(官地または民有地)―(「高台B」という。)の土地を交換するケース
(条件)
高台Bの造成費、接続道路等の費用は、原則別に支弁する費用とする。
(事業の流れ)
① 地方自治体等が、高台に移転する必要があると判断し、決定した旧市街地エリア(街区A)を選定する。
② そのエリアに存する土地所有者の区域編入の合意契約をもって、まちづくりを目的とする任意組合を組織する。その後、組合員となった全ての土地所有権の土地評価額(固定資産税台帳価格または、登記簿価格)を数値化し、短冊状に図形化する。
※ 所有権が不明または未確定、所有者が死亡または行方不明の土地の場合は、裁判所へ供託するか、自治体管理の土地と法律によって確定する(今後の政府方針に基づいて対応する)。
※ 街区Aの土地評価価格は、公的土地評価台帳価格か現況価格かは、鑑定評価や任意組合の判断に基づいて決定する。
③ 移転先と判断、決定された土地(高台B)に対して、新しい土地利用計画に基づき、換地計画(土地利用計画図と登記簿の公図)を策定する。
※ 原則、街区Aと高台Bの土地評価総価格は、同額で区域を選定・設定する。
④ 街区Aの土地所有者の合意を得て、換地処分(登記、公図の調整)を実行する。
【 サンプルⅡ 】
(設定)
海岸沿いの被災地である旧市街地―「街区A」に加え、漁業権を有する漁業者の権利(「漁業権C」という。)を移転対象となる高台(官地または民有地)―(「高台D」という。)の土地を交換するケース
(条件)
漁業権Cの評価額は、過去の裁判事例等に基づいて算定された価格をいう。
(必要性)
被災地を受けた漁業者のうち、諸条件から漁業権を放棄(離職)し、高台に住居用の宅地を求める場合は、高台の土地所有権と漁業権の交換により、権利の交換を可能にするものである。
(二次的展開と条件)
高台の権利者(原則、国・県等の機関を想定)は、交換した漁業権をもって、労働政策等を通じて新規就労者にその漁業権を付与し、新たな地域社会の活力や新規参入者の受け皿とする。
この場合、地元の漁業協同組合等が組合員資格の変更と新規就労者の受け入れを承認することが前提となる。
4 「コモンズの輪」有効性の検証
「コモンズの輪」において、まちづくりを効果的に進めることができる要因は、土地価格の評価に基づく権利(価値)評価図の存在である。
従来の土地区画整理事業などの都市開発事業において、関係権利者の合意形成が進まないのは、従前地に対し、新しい換地(権利地の位置や形状)を承認できるかである。従前の権利(土地の総価値)が、変換後の価値、課税客体(固定資産税と相続税)、市場価格が対象区域の中ですべての権利者に対し変わらない、または将来においても確保されるという事実が、合意形成の形成を促進させる。いわゆる「所有権の呪縛」からの解放である。複数の権利者は、お互いの権利を受け入れることから、まちづくりの基盤が創造され、地方自治体等の公的機関が介在することから安心感とシステムの安定性が増幅されるのである。複数の権利者(土地所有者)が手をつなぎ、まちづくりの視点で土地を考えるとき大きな力を生み豊かな地域が醸成されるのである。このシステムは、エリアの大小、地域性、土地の種別を問うことはない、普遍性を持つシステムである。
土地は、そもそも他の価値物との交換性を許容する大きな信頼性、絶対性、普遍性の機能を有するのである。土地基本法は、基本理念として、「土地については、公共の福祉を優先させるものとする」と規定し、土地の取得、利用、処分等については、公共の福祉のため、土地の特性に応じた制限や負担が課されるべきことを示している。このことは、土地利用が公共の福祉の観点から決められ、そのもとで土地から得られる利益を国民が適正に享受しうるように配分することを意味する。そのため、「国及び地方公共団体は、適正かつ合理的な土地利用を図るため」、自然的、社会的、経済的、文化的条件を勘案し、必要な土地利用計画を策定し、必要に応じて広域的視点から、調整を図るべきだとしている。つまり、公共の福祉という観点は、土地の所有よりも利用が優先されるということを意味するものであるが、その規制や制限を超えて、権利者自らが土地の本来持つ価値と機能を理解し、個人の利益と全体の福祉を包括して利用計画を考える仕組みがコモンズの輪によって達成される。
5 コモンズの輪システムに必要な改正や特例
本論文の「コモンズの輪」のシステムでは、現在の法律や政省令に基づく制度に合致しないものがある。これら現行制度を改正または特例として認定・制度化する必要がある。
(1)所得税法に関わる課題
海岸付近の街区Aの土地と高台Bの土地の交換に対し、非課税扱いとする必要がある。現行法では、所得税の譲渡所得(資産の譲渡による所得をいう。)において、非課税の扱いを受ける「土地建物の交換をしたときの特例」(所得税法第58条、基本通達58-6)は、限定的な資産しか対象にならない。譲渡所得の対象となる資産には、土地、借地権、建物、株式等、特定の公社債、金地金、船舶、漁業権などがある。
譲渡所得のうち、個人が土地や建物などの固定資産を同じ種類の固定資産と交換したときは、譲渡がなかったものとする特例があり、これを固定資産の交換の特例という。
特例を受ける適用要件は、
① 固定資産であること
② 同じ種類の資産であること
③ 交換により取得する資産を譲渡する
④ 資産の交換直前の用途と同じ用途に使用すること
など5項目に限定されている。
「コモンズの輪」の制度設計では、現行の特例である狭義で限定的な固定資産の交換要件に対し、新たに
① 土地の種類が異なるものとの交換
② 土地と固定資産以外の資産との交換
③ 交換後にはほかの用途に使用すること
この3点において、譲渡所得の特例(税の免除)を適用することが求められる。
(1)の事例として、海岸線の土地(一般的に、地目は宅地)と高台の土地(地目は、山林、原野、畑など)の交換。
(2)の事例として、漁業権と土地の交換。
(3)の事例として、交換前が山林、畑、雑種地等の土地が、空閑地または、防災に関わる用途に使用される(可能性)交換。
この特例の適用範囲を拡大することで国民の福祉と利益にどのような影響があるか考察する。
まず、上記3点の交換の特例を固定資産に限定する必要性はないと考える。特例の幅広い適用は、創造的で魅力的な復旧活動や事業を促進することにつながると想像できる。
次に、所得税の減収が生ずることに対しは、高台の土地または海岸線の被災地の買収にかかる国費との比較で考えると当然優位性がある。合わせて、復興の進展による国民の利益、公共の福祉の増進を考え合わせれば、税収入減と財政支出との比較において、特例を拡大することの方が国民と国の利益に叶っていると考える。また、課税の公平性の観点なども当然検討する必要は生ずるが、被災地における特区的な条件を考え容認されるとする。
(2)任意組合に関する規定
任意組合を契約する合意率に関し、法により規定すべきである。原則、土地区画整理法の合意率を準用するのが至当と考える。
ここで、任意組合の必要性を整理すると、
① 漁業権を計画に含めるため
② 民間資金を含む金融資産を有する財団や基金等が契約者に参加・加入を可能にするため
③ 事業完成後もまちづくりの継続性を担保するため
と位置付ける。
(3)不動産登記法に関わる課題
土地区画整理法においては、原則仮換地処分の時期にその旨登記するが、コモンズの輪においては契約に基づく任意組合の土地である旨を登記簿謄本に登記し、第三者における民有地の経済行為の安定性を確保する必要があると考える。
不動産登記において、契約による処分の制限は、法律の規定がある場合に限られるとしている(明治36年6月29日、民刑108号局長回答)。従って、法律に「コモンズの輪」に基づいて契約された区域の土地に関しては、必要によりその旨登記することを可能とすべきである。
6 コモンズに関わる考察
(1)コモンズの源流と日本におけるコモンズ
イギリスと我が国において過去から現在まで代表的なコモンズが成立し存続する背景には、土地が共有であることを可能にする社会的な仕組みや力が大きく作用した。 イギリスにおいて、ナショナル・トラスト運動という市民が構築したシステムを通して、大地や自然が分割されずに「みんなのもの」として利用され続け、豊かな自然が将来にわたって守られている。共通の財産である自然は個人の所有権が設定された土地であっても、その恵みや楽しさを共有するという国民に深く根ざした精神や思想がコモンズの存続を可能にしてきた。
それに対し、我が国の代表的コモンズである山林や里山の自然は、近代的所有権の確立という政策と農村における都市化の進展や産業構造の変化などの時代的、社会的要因により、コモンズの機能が大きく損なわれてしまったことは、「コモンズ」の歴史的事実として認識しなければならない事実である。
(2)日本におけるコモンズの役割
21世紀におけるコモンズは、「共・相互」・「共同・協働」・「ネットワーク」・「利用権」・「暮らし・生きがい」をメッセージとしてその機能を再評価し、その活用策を模索するとともに、社会に有用な機能を発揮すべきである。トマス・モアは当時、ユートピアを「どこにもない国」とし、共同・協働型システムを内包する社会において人間の真の幸福が生まれると考えた。21世紀の日本が、ユートピアと呼ばれる国になれるとするならば、コモンズの空間の創造とみんなで暮らすコモンズの精神を尊重し、土地問題やまちづくりに挑戦することが可能になったとき、その道は開かれてくると信じる。「和」、「絆」、「結」と呼ばれる協調の精神は、千年を超える日本人の社会的遺伝子であり、自立した市民に支えられた「共」の空間と結びつき、その志を活かす「コモンズ」の関係の中に、豊かで活き活きと暮らす「21世紀の美しく幸せな日本」の未来がありはしないか。
尊く、気高い日本人の心を持って生きる東日本の人々に、コモンズの精神に基づく
システムを提示し、その活用により新しい地域の復興と暮らしを生み出すことが、私たちの使命かもしれない。
7 課題とまとめ
甚大な災害が発生し、一日も早い復興計画の策定と実施が希求されている東日本の都市にとって、「コモンズの輪」は、どのような意味合いを持つか。本論文の提案は、システムとしては未完成であり、細部の検証も十分ではない。しかし、「コモンズの輪」が想定するシステムと機能
が制度化され、現実的な機能が発揮される時、復興計画を側面から支援し、復興事業に係る幅広い選択肢と様々な事業展開が可能になる。本提案システムは、都市的土地利用だけでなく、農村部の自然的(農林業の)土地利用においても、また日本国内のどのような土地利用に対しても汎用性と拡張性の性質を合わせ持つ。また、土地に関わる機能に加え、「コモンズの輪 」に組み込まれた土地は、価値概念の変革とまちづくりに関わる多様な関係に及ぼす効果など、新たな機能を生み出してくると考える。
災害の復興には安全・安心を機軸とした未来志向のビジョンが様々な観点から検討される。本提案はその取り組みを支え、現実に活用できるシステムへの改良と昇華が必要であり、理想や想いだけでは何ら意味をなさない。
今回の東日本の人々は、そのおかれた厳しい環境の中で「清く・正しく・美しい」意識の高さをもって利他精神を示し、世界の人々に感動と共感を生み出した。古代から脈々と受け継がれた日本人のDNAは、「コモンズの輪」の精神とシステムを通して東日本の復興計画に少しでも貢献できることを願い多くの皆様のご指導とご示唆をいただきたい。
社団法人日本不動産学会
平成23年度秋季全国大会(第27回学術講演会)論文集収録「一般論文」
◆日時:平成23年10月14日(金)~16日(日)
◆場所:京都大学(桂キャンパス)